カテゴリ:Suntory Hall( 29 )
Subscription Concert No.732 at Suntory Hall
東京都交響楽団の第732回定期演奏会に行ってきました。

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指揮はエリアフ・インバルさん。
ピアノは児玉桃さん。
曲目はモーツァルトのピアノ協奏曲第8番「リュッツォウ」とブルックナーの交響曲第7番。

ピアノ協奏曲はピアノとヴァイオリンの音色が溶け合い、とても美しい演奏でした。
深く豊かな響きも良かった。
モーツァルト聴いちゃったなぁ~という満足感。

いよいよブルックナー。
最初はなんとなく固い印象。
こちらが緊張していたせいもあるかもしれません。
しかし、第3楽章になるとこれは素晴らしかった。
曲が途中で途切れる部分がありますが、聴衆全員が息を凝らして聴き入っているのか、恐ろしいほどの静寂。
都饗会員はマナーがよいらしいのですが、これ程の静寂は初めてでした。
第4楽章はもう圧倒されて、ひたすら感激。
ともかく凄い演奏でした。
ワーグナーテューバも見事。
それから低音を支えたコントラバス、チェロも良かった。
第7番、楽しみにしていた甲斐がありました。

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コンサートに行くとその交響楽団の月刊誌を渡されます。
「月刊都饗」の4月号、インバルさんがマーラーについて語っている記事がありました。
以下、その抜粋。

「とても面白いことに、マーラーの交響曲は全作品でひとつのまとまりになっていて、それはマーラーの人生そのもの、と言えるのです。彼は交響曲で人生を語っているのですよ。」

「全人生がひとつの小説だとすれば、マーラーの各交響曲は小説の一章ですね。しかしいずれもそれぞれひとつの宇宙をなしており、それもまた人生なのです。」

「マーラーの交響曲には、彼の"さすらう若者の歌"や"少年の不思議な角笛"といったリートが関連して、その主題が使われたりと共通点が多いですね。ですから、マーラーの前半の交響曲を"角笛交響曲"とか"リート交響曲"と呼んだりしますが、大きく分けると交響曲第5番までがひとつの区切りでしょう。6番以降は新たな局面を迎え、音楽のスタイルも創造性も変わります。」

「交響曲第1番巨人は、まさに革命です。ここから現代の音楽が始まったと言えます。フォルクローレの使い方といい、人生の美しさばかりか醜さ、痛みといった人が避けがたいものまで、すべてを表現しています。新しい音楽スタイルやオーケストレーション、私は初めてこの曲を聴いた時の驚き、まったく未聴の世界がひらけてゆく驚きを今でもよく覚えています。」

「第1楽章は自然の美、夢、郷愁、自然、愛が表現されています。第2楽章ではプロテストとアイロニーが描かれ、ここでマーラーの人生や理想へのシニカルな態度が表現されています。第3楽章の中間部など、もう信じられない美しさですね。オーボエの旋律に対してトランペットが嘆きを訴えるところなど、片方の目で笑い、もう片方の目で泣くといった、嘆きと同時に希望がある。そして終楽章、マーラーの場合だいたいそうなんですが、これは世界の終焉ですね。しかしここでは楽観主義による勝利が到来します。希望があるのです。」

「この交響曲第1番にはすべてがある。こんなものを書いたらもうこれ以上のものは書けない、と思うのですが、彼は次の交響曲第2番でさらに素晴らしい宇宙、新世界を創造したのです。」

「交響曲第2番復活にもすべてがあるのです。第1楽章は死者へのセレモニー、素晴らしい葬送行進曲ですね。第2楽章は最も美しい郷愁とロマンティックな表現。不気味な悪夢を表現した第3楽章のスケルツォに続いて、次の第4楽章原光から希望が、人の希求する理想がうたわれ、そして終楽章では世界の終末との戦い。そこへ天の救済が現れるというわけです。」

「これが交響曲第3番になりますと、各楽章に希望と美、宇宙の理想的創造が描かれているのです。それぞれの楽章にあるのは、自然や動物、愛への賛歌であり、人生のすべてが深く内包されている。」

「そして交響曲第4番は、マーラーがしばしば描いた天国と地上、あるいは希望と悪意の狭間といったものを聴くことができるでしょう。第2楽章ではその悪意の醜さも覗かせますが、次の第3楽章では再び郷愁や心の痛みが信じがたい美しさで表現されていて、これ以上の美は想像できないほどですね。そして第4楽章ではまた天上の生活、理想的な美しさで終わるというわけです。」

「交響曲第5番は、また新しい宇宙です。マーラーは決してくり返さないのです。各交響曲とも新たな世界として解釈されねばなりませんが、同時にそれら全体でひとつの人生であるということ、マーラーは常に理想への変容を探し求めているのです。テーマは愛、醜さ、希望といった同じものですが、それらが常に異なる表現をされているのです。」

「この5番では、第1楽章が再び巨大な葬送行進曲。第2楽章では前楽章の素材もあちこちで使われ関連づけられ、第3楽章のスケルツォではこれまた人間と悪魔の戦い。第4楽章では不気味な悪夢、人間の影の部分も表現され、終楽章は疑問符つきの楽観主義への皮肉。一種の勝利が表現されても、そこには疑問符がついているのです。マーラーは第4楽章の天上の愛のテーマを第5楽章で風刺的に使っているのです。悪魔が愛の妥当性を問いかけるようにね。こうしてマーラーは悪魔的な性格から天上的な性格まで、人生のすべての観点を音楽で表現しているのです。これは他の作曲家にみられないマーラー独自の凄さなのです。」

なお、第6番悲劇的以降はまたの機会にと、この記事には書かれておりました。
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by kiirojbl | 2012-04-12 23:13 | Suntory Hall
Subscription Concert No.731 at Suntory Hall
東京都交響楽団の第731回定期演奏会に行ってきました。

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指揮はエリアフ・インバルさん。
メゾソプラノはイリス・フェルミリオンさん、テノールはロバート・ギャンビルさん。
曲目はマーラーの亡き子をしのぶ歌と交響曲「大地の歌」。
どちらも素晴らしい演奏でした。
マーラーさんを好きになったというか、理解できるようになった。


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亡き子をしのぶ歌は震災のあとなのでこれは聴くのは辛そうだなぁと。
それに大地の歌は酒に酔った厭世的な内容。
酒に酔うような話は嫌いなんだ。
そんな気持ちでコンサートへ。

しかし亡き子をしのぶ歌が始まるとそのあまりに悲しく美しい音楽がだんだんと気持ちに入ってきます。
歌詞はフリードリヒ・リュッケルトさんの詩による。
リュッケルトさんの二人の子供さんがお亡くなりになった心境が綴られた詩。
そしてマーラーさんの娘マリアさんもこの曲が作曲された4年後にお亡くなりになったそうだ。

1901年から1904年にかけて作曲され、初演は1905年1月29日。
100年以上経過している。
それなのにこれだけの人がコンサートに集まり、リュッケルトさんの二人のお子さんとマーラーさんの愛娘マリアさんの死について考え、その悲しみを想像する。
100年たっても曲を聴いた人々が気持ちをよせるというのは凄いことだ。
思い出すことが亡くなられた3人の子供さんを蘇らせる。
だから100歳以上長生きしたのと同じになる。
さらに子供を亡くすという悲しい体験をした方はこの曲を聴けば深く共感するだろう。
共感はその人を癒し救う。

厭世的なはずの大地の歌は、だからこんな具合に聴くことができた。
長女マリアさんを失い、さらに反マーラー運動でウィーン宮廷歌劇場監督の地位を辞任せざるを得なくなって、もしもマーラーさんが本当にイヤになっちゃったら、こんなに素晴らしい交響曲を作曲することはできなかったであろう。
作曲時期は1907年から1909年。
当時はブルジュア支配層による貧富の差の拡大、理性的人間観の敗北、社会主義や民族主義の台頭と、どんどん世の中がおかしな方向へ傾いてゆき、第一次世界大戦(1914年~1918年)に突入する寸前。
中国の詩に含まれていた西洋にはない価値観の提示というより、厭世的な気持ちをこんなに素晴らしい曲に仕上げてしまったということが素晴らしい。


「しかるに人間よ お前の生はいかほどか?
百年と持たぬではないか。
朽ちるばかりの瓦落多(ガラクタ)にうつつをぬかしながら。」

「涙は止まるところをしらない 我は独り
あまりに長い 心の秋
愛の太陽よ お前はもう輝ってはくれないのか
苦渋の我が涙を優しく乾かしてはくれないのか」

「人生もまた一場の夢なら艱苦に耐えて何になろう?」


というような内容であってもそれを高度な交響曲に織り込んでしまった。
マーラーさんはとても音楽が、作曲が好きだったのだ。
イヤになっちゃうことも音楽で客観化し克服してしまった。
ということは…

好きなことを存分におやりなさい、というメッセージだったのではなかろうか。
そうすれば思い残すこともないかもね、というメッセージだったのではなかろうか。
ガラクタという言葉は傍観者の言うこと、ガラクタかどうかは本人が決めることだ。
我々に残されている時間は少ない(のかもしれない)。


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今回もマルチマイク録音がされていました。
ところがマイクの配置が以前のと全然ちがう。
音に対する考え方が違うのが分かる。
面白いなぁと思いつつも、これだけ違うとマルチマイクなどと十把一絡げでは片付けられないな。


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これで2011年度の東京都交響楽団定期演奏会会員のコンサートはすべて終了。
2012年度も同交響楽団定期演奏会の会員です。
後期は少ないので他のコンサートにも行こうと思っています。
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by kiirojbl | 2012-03-29 23:02 | Suntory Hall
Subscription Concert No.729 at Suntory Hall
東京都交響楽団の第729回定期演奏会に行ってきました。

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今回の演奏会は「日本管弦楽の名曲とその源流」という企画だそうです。
曲目は野平一郎作曲、オーケストラのための「トリプティーク」、野平一郎作曲、チェロとオーケストラのための「響きの連鎖」、ブーレーズ作曲、エクラ/ミュルテプルの3曲。

オーケストラのための「トリプティーク」とチェロとオーケストラのための「響きの連鎖」の指揮者は作曲した野平さん自身でした。
エクラ/ミュルテプルの指揮者は杉山洋一さん。

いつもより遅れてホールに入るとステージで野平さんと聞き手の方との対談が終わる寸前。
う~む、アークヒルズのさしてううまくもない蕎麦など食べている場合ではなかったと後悔。
月刊都饗というパンフレットにも野平さんがご自身の曲の解説をされています。
作曲者自身のお話や解説というのは貴重ですよね。



オーケストラのための「トリプティーク」はかなり強烈でした。
うむむむ、と聴き入ってしまいました。
いろいろなイメージがどんどん湧いてきます。

高揚した気持ちで今度はチェロとオーケストラのための「響きの連鎖」。
チェロ奏者は堤剛さん。
大太鼓が4つ、分散して配置されています。
同時に4つが鳴るのではなく、1つづつ交互に鳴る感じです。
発音位置を変えることにより音の遠近感を出そうという試み。

この曲は堤剛さんの鬼気迫る好演もあり、すばらしかったです。
日本の森の中に潜んでいる怖れの対象を想起させるような深さを感じました。



エクラ/ミュルテプルは、日本初演。
もとになったエクラが15楽器、エクラ/ミュルテプルは10楽器増えて25楽器のための曲であるため、前の2曲に比べると楽器の数が少ないです。
でも、ツインバロンやチューブラーベルなどがあり、どんな風なのかなぁと興味深く聴きました。

杉山洋一さんの指揮は各楽器の余韻までもが、すべて指揮のなかに見て取れるようです。
指や手のひらの表情がオーケストラの音とそのままつながっている感じです。

今回の演奏会は、野平さんの曲とブーレーズさんの曲は同じ範疇の曲ということになっていると思うのですが、しかしその内包しているものは全然違うように思いました。
野平さんの曲は雅楽に通じるものを感じ、エクラ/ミュルテプルはやはりヨーロッパ音楽の雰囲気があります。
作曲家の個性の違いよりも文化的な背景の違いを感じました。
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by kiirojbl | 2012-01-24 22:29 | Suntory Hall
Subscription Concert No.727 at Suntory Hall
東京都交響楽団の第727回定期演奏会に行ってきました。

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指揮はエリアフ・インバルさん。
ヴァイオリンはジュリアン・ラクリンさん。
曲目はショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番と交響曲第12番「1917年」。

ラクリンさんのヴァイオリン協奏曲、曲の始めからいきなり引き込まれました。
1704年製ストラディヴァリ「ex Liebig/エクス・リービッグ」の使い手。
深く深く曲のなかに入っていけたような気がします。

インバルさんの交響曲第12番。
これも実に素晴らしかった。
インバルさんのファンになってしまい来年度も都響の年間会員になりました。
同じ席。

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交響曲第12番ではライブ録音が行われていました。
サントリーホールでマルチマイク録音を見たのは初めてです。
インバルさんと客席の間の上空にステレオの一対、インバルさん前方上空に一対、さらにその外側、第1第2ヴァイオリン、ビオラ、チェロの各セクションの上空に1本ずつ。
さらに金管、木管、打楽器群のそれぞれの各パートごとに1本又は2本。
小型のステレオマイクと大型のコンデンサーマイクなどが身の丈ほどの位置に配置されていました。
ステージ上空の反射板はやや下方に配置されており、中低域に厚みを感じました。




交響曲第12番はライブ録音が行われていました。
サントリーホールでマルチマイク録音を見たのは初めてです。
インバルさんと客席の間の上空にステレオの一対、インバルさん前方上空に一対、さらにその外側、第1第2ヴァイオリン、ビオラ、チェロの各セクションの上空に1本ずつ。
さらに金管、木管、打楽器群の各パートごとに1本又は2本。
小型のステレオマイクと大型のコンデンサーマイクなどが身の丈ほどの位置に配置されていました。
ステージ上空の反射板はやや下方に配置されており、中低域に厚みを感じました。

マルチマイク録音は各楽器の音を明瞭にピックアップすることができます。
人間の認知機能と似ている。
街の喧騒の中でも話し相手の言葉はよく聞き取れるというのと同じです。

よく聞こえる、という以外に定位の問題もある。
オーディオに置き換えると、その相手の言葉はステレオのセンターに位置しているのでしょうか。
それは相手の方を向いているかどうかによる?

指揮者はどうなのでしょう。
オーケストラのコントロールしたい楽器奏者の方向を向いて指揮をおこなう指揮者。
そうではなく、いつも正面を向いて指揮している聖徳太子型の指揮者もいる。
見ているとさまざまです。

指揮者の向こうには作曲家がいる。
作曲家は自分の曲がどのような音世界を作り出すのか、その音世界はどのようなものになるのかを想像する。
作曲家も作曲の際にはコントロールしたい楽器奏者の方向を向いて聴くことができる音を想像していた、いやそうではなく?

音量の大きな現代楽器により、ステージでは音が炸裂するようになり、それは一つのドラマチックな音世界を作り出した。
歌劇場のボックス席で談笑しながら聴く時代は終わった。

作曲家の意図した音世界をそのまま聴かせてあげよう。
それを近くで聴いてみようよ。
もっと近くにおいでよ。
そう考えてワインヤード型のコンサートホールを採用した。
音が悪いそのホールと格闘を続け、不評のマルチマイク録音に挑戦し続けた。
ここら辺が傍観者との違い、かもね。
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by kiirojbl | 2011-12-20 22:14 | Suntory Hall
Subscription Concert No.724 at Suntory Hall
東京都交響楽団の第724回定期演奏会に行ってきました。

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指揮はヴォルフガング・ボージチさん。
ピアノはフレディ・ケンプさん。
曲目はモーツァルトピアノ協奏曲第23番とR.シュトラウス家庭交響曲。

モーツァルトのピアノ協奏曲は楽しかった。
グランドピアノの蓋の角度のせいでP席ではピアノの音量が足りないように感じるのですが、今回はそういう感じが少なかったです。
ケンプさんのピアノの存在感があったのか、それともオーケストラと呼吸が合っていたからなのか。
良かったです。

家庭交響曲はパワフルでスケールが大きな演奏。
この交響曲、家庭を描いたものらしいですが、どうにもそんなイメージを思い浮かべることできないほどダイナミック。
家庭内が劇的!というのは幸せなことなのだろうか?と考えてしまいました。










最近はマルチアンプの調整を交響曲で行っている。
先日久しぶりに女性ボーカールを聴いてみたら、あまりのバランスの良さに仰天した。
生の音に接していることが何より大切だ。
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by kiirojbl | 2011-11-10 22:31 | Suntory Hall
Subscription Concert No.718 at Suntory Hall
東京都交響楽団の第718回定期演奏会に行ってきました。

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指揮はジョセフ・ウォルフさん。
曲目はブラームスピアノ協奏曲第2番、オルウィンの秋の伝説、シベリウス交響曲第7番。

ピアノ協奏曲は素晴らしかったです。
ピアノは若林顕さん。
以前も書きましたがグランドピアノの蓋の角度のせいでP席ではピアノの音量が足りません。
距離的にも遠い。
それが残念。

秋の伝説。
イングリッシュホルンは南方総子さん。
これも素晴らしかった。
弦楽5部+イングリッシュホルンという構成。

この曲は好きです。
絵画的な印象。
おそらくリズムなどの経時的な音楽要素を控えめにするとこうした効果を得られるのかもしれません。
「弦楽オーケストラのための」として打楽器群がないのもこのためでしょう。
聴くたびに何故かボストン美術館で見たイギリス水彩画展の一枚の絵を思い出します。

どうして梅雨のさなかに秋の伝説なのかと言えば、指揮者のジョセフ ウォルフさんがイギリス人でこの曲がお気に入りなのでしょう。
この方、サー コリン デイヴィスのご子息でジョセフ ウォルフは芸名だそうです。

シベリウスの第7番。
シベリウスの最後の交響曲。
ベートーベンの第9のように作曲家のラストナンバーの交響曲を聴くといつもその作曲家の歩んできたそして歩むはずだった創作の道について考えます。

重ねられてゆく交響曲の作曲行為。
創作の泉から湧き出す新たな試み。
その中にあっても変容しない個性。
そして遠くまで歩いてゆくための原動力、情熱。

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by kiirojbl | 2011-06-15 22:18 | Suntory Hall
Subscription Concert No.716 at Suntory Hall
東京都交響楽団の第716回定期演奏会に行ってきました。

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指揮はエリアフ・インバルさん。
曲目はシューベルト 交響曲第5番とR.シュトラウス 交響詩「英雄の生涯」。

シューベルトの交響曲第5番は素晴らしい演奏でした。
弦楽器の豊かで厚みのある響きが印象的。
打楽器群がありませんが、躍動感が感じられます。
音楽の感じ方は物理的なことではないなぁ。

英雄の生涯はステージがオーケストラで埋まりました。
交響曲第5番のほぼ倍の構成。
5番のホルンが2名だったのに9名(ガイドブックには8名と記載)もいらっしゃる。
圧巻はやはりBattlefield。
スターウォーズですかという迫力。

ところでworks of peaceって、どういう意味なんだろう。
日本語訳は"?"だし。
wikiの日本語版と英語版を読んでもよく分からない。
一昔前の翻訳は忠実ではないのが多くて困るよね。





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ECM8000を付属のマイクホルダに取付けて三脚に固定しようとしたら…
あれっ、ネジ穴が大きくて固定できないです。
これは雲台とかについているようなネジアダプタがないとダメだな。
しかしカメラ用のが使えるのだろうか?
うむむ。

VelbonのQRA-635という古いクイックシューを出してきて、なんとかならんかと考えてみる。
マイクホルダの上下角(あおり角)の軸をとめているネジをはずして、このネジとネジ穴を利用してクイックシューにマイクホルダーの上半分を取り付けてみた。
うむむ、カッコいい。

カッコいいなぁ、と呆けた顔でながめていると、クイックシューの裏側にネジアダプタ(画像左のネジ)がくっついているのを発見。
このアダプタ、マイクホルダのネジ穴(正確にはマイクホルダ付属のネジアダプタの穴)に入りました。
でも、アダプタの縁の部分が若干とび出しちゃうんだよね。

マイクなんて買ったことがないから、知らなかったんだ。
マイクスタンドのネジ径は3/8インチ(AKG規格)か5/8インチ(SHURE規格)らしい。
なお、ECM8000の付属マイクホルダは5/8インチで、画像右のネジアダプタも付属していて3/8インチにも対応している。
クラシックプロのマイクスタンドなら高くないから今度買ってみるか。

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マイクといえばスカイセンサー5500Aの付属マイクが最初で、一番お世話になったのはこの騒音計の付属マイク。
"output"のRCA端子からマイクのみの出力ができます。
デジチャン(5素子PEQ付)のSH-D1000とこの騒音計の付属マイクとWaveSpectraによる測定はオーディオの付き合い方を根本から変えてくれました。
今度はAuto EQ。
新しい世界がはじまる。






白ホーンシステム(改造ALTEC)でDEQ2496のAuto EQを行ってみようとしましたが手間取りました。
UtilityのChannel ModeでStereo LinkとDual Monoの切換をするのが分からなかった。
Dual Monoを選択しAuto EQを左右チャンネル独立で実行できました。

空間の広がりや余韻がきれいに出て上品な音になりました。
う~む、下品とな………DEQ2496、なかなか正直な奴!

何となく散漫というかもの足りない感じなのでDCX2496の遮断特性をLR(Linkwitz-Riley)の-48dB/octからLRの-24dB/octに切り換えた。
うむっ!、です。

再度Auto EQをするとどうなるのか。
気に入ったのでしばらくこのままでいいか。

Auto EQという他人の設定?がポンとシステムに加わると、こんな風に調整の見直しを誘発します。
こういうのが貴重だよね。
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by kiirojbl | 2011-05-11 22:44 | Suntory Hall
Subscription Concert No.714 at Suntory Hall
東京都交響楽団の第714回定期演奏会に行ってきました。
今年度は東京都交響楽団の年間会員であり、その初回でした。

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指揮はモーシェ・アツモンさん、ヴァイオリン独奏は竹澤恭子さんです。
曲目はエルガー:ヴァイオリン協奏曲ロ短調op.61とブラームス:交響曲第2番ニ長調op.73。
最初にアツモンさんが地震でお亡くなりになられた方々への哀悼の挨拶がありました。
それに続いてG線上のアリアが演奏され、全員で黙祷。

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年間席がステージに近い位置になりました。
反射板は天井近くに移動しており、予想通り直接音主体のアグレッシブな音でした。
3ウェイのときのJBL2360A+2446Hを髣髴とさせる鮮烈な音。
音量も上がりヴァイオリン協奏曲に驚いてしまいました。
正気に戻ったのが交響曲第2番になってからだったのですが、ともかく凄まじかった。
交響曲第2番は読売日響の演奏で先日聴いたばかりだったのですが、これだけ音が違うと比較にならない。
音楽体験は音を含めてのトータルなものだから。

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サントリホール誕生の本がダメだったから永田さんの本を読んでみた。
結論から言うと、知りたいことは書かれていなかった。
しかし、知りたいこと以外のことは良く書かれている。
例えば、ワインヤード型のホールの特徴。(P142,143)

「1 シューボックス型に対し、音の迫力に欠ける。
2 楽器の指向性からくる場所による聞こえ方のバランスの差が大きい。
3 音はさわやかである。響きの質が細かく繊細である。
4 大型編成のオーケストラに対しては、大型空間からくる響きの余裕というものが感じられる。

これは逆に中型以下のホールでは味わうことのできない効果である。
ワインヤード型のホールの響きは従来のジューボックス型のホールと比べると、本質的に異なっている。
大型オーケストラ用のホールということができよう。
ただし、このホールの特色を生かすためには舞台の形状、舞台周辺の反射面の設計が重要である。
また、オーケストラ各パートの配置も新しい課題であり、音楽家と音響屋との間の詰めが必要だと考えている。」











武田邦彦さんは推進派だから話半分だが熊取六人衆の小出先生なら信用できる。
1時間23分もあるのでお忙しい方は、1時間1分あたりから数分見られると面白い。
原発を全部廃止すると日本人の生活はどうなるのかを理解できる。
あっ、日本の原発は安全だからそんな必要はないか。

京都大学原子炉実験所 小出裕章氏に聞く (Ustreamの動画)



う~ん、こういうのを読むと状況はどんどん深刻になっているようだ。
推進派というのは相当な厚顔無恥だと思っていたが、この連中が謝っちゃうというのはちとまずい。
このまま収束することを予想できれば謝るはずはない、と思っていたから。

4つの原子炉のうち1つでも水蒸気爆発すると、もはや原発に近づけないので他の原子炉も冷却ができなくなって次々と爆発する。
さらに冷却不能になった使用済み核燃料も爆発するかもしれない。
水蒸気爆発は格納容器など簡単に破壊してしまうそうだ。
そうなると日本全体が汚染され住めなくなる。
だから今のうちに謝っておこうと考えたのだろう。
こんな連中の「やってみなくちゃわからない大科学実験」に付き合わされたわけだ。

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興味があるのは核燃料がどの程度あるのかということ。
1号機は69t、他の3つは94t。
それに加えて使用済みのが数百トン。
このあたりの数値をきちんと報道しないのも相当インパクトがある数値だからだろう。
全部あわせるとチェルノブイリの10倍なんて話は真実かもしれない。
そうなると汚染は日本全土ではすまないかもしれない。

検索してみるとこんな計算があった。
この数値が一桁あるいは二桁間違っていても深刻だ。





これも長いです。
1時間57分からの質問。
電気料金と原発の関係が分かりました。

小出裕章氏原発学習会(主催:生活クラブ生活協同組合・静岡)2011.04.16 04/16/11 (Ustreamの動画)








原発を全部停止しても火力発電所を7割程度稼動させるだけでよい。
代替エネルギーなどいらない。
どうりで福島第1、第2の両発電所が停止しているのに停電にならない。
震災直後は火力発電所もだいぶやられたから計画停電になった。
原発に頼らなければ日本は立ち行かないというのは、日本の原発は安全ですと言っている連中の妄想話のひとつ。
学者の評価っていうのは人柄とか評判とかそんなものは関係ないな。
将来を見通せる力があるかどうか、それだけだね。

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まずは東電がGE、東芝、日立に対し安全性を確保できていない原子炉を販売したとして製造物責任あるいは債務不履行の損害賠償訴訟を行うべきだろう。
また、震度6弱で崩壊するようなコンクリートは建築基準法以下として鹿島建設にも損害賠償請求を行うべきだろう。
日本の原発は安全ですって主張して売りつけたんだから。
この賠償金を確保してからでないと原発事故の補償に税金を投入すべきではない。

それからこれら企業とその構成員に対しては日本人に放射線を浴びせたとして刑事責任も追及する。
未必の故意で暴行罪成立である。
有能な法律家が結集してこれら企業を叩きのめしてほしい。


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「愚かな核=原子力利用」京都大学原子炉実験所 小出 裕章より

明治三陸地震、昭和三陸地震、そして今回の大地震では津波の被害を伴った。
前二回の教訓を活かし海沿いの危険な区域は居住を制限すべきだったと思う。
実際に居住区域を制限していた村では犠牲者がほとんどでなかったそうだ。
どうしても海辺に住みたいならば海と内陸方向に長い免振構造の高層アパートでも建築すべきだ。

原発事故も同じだ。
チェルノブイリやスリーマイル島のときに考え直しておけばこうはならなかっただろう。
あとどの位の犠牲を払えばそうしたことに気付くのであろうか。
ドイツ人とドイツ政府はえらいと思う。


被爆治療83日間の記録
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by kiirojbl | 2011-04-14 23:34 | Suntory Hall
Suntory Hall The 536th Popular Series
読売日本交響楽団の第536回名曲シリーズのコンサートに行ってきました。

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指揮は指揮ジェラール・コルステンさん。
ソプラノがエヴァ・メイさん。

曲目は、
ヴェルディ:オペラ『シチリア島の夕べの祈り』序曲
ドニゼッティ:オペラ『ドン・パスクアーレ』から「その眼差しの魔力を」
ロッシーニ:オペラ『なりゆき泥棒』から「そのときが近づく」
ヴェルディ:オペラ『椿姫』第3幕への前奏曲
ヴェルディ:オペラ『椿姫』から「不思議だわ、ああ、そは彼の人か・・・花から花へ」
ロッシーニ:オペラ『ウィリアム・テル』序曲
ロッシーニ:オペラ『ウィリアム・テル』から「暗い森」
ロッシーニ:オペラ『結婚手形』から「この喜びを聞いて下さい」
ドニゼッティ:オペラ『連隊の娘』序曲
ドニゼッティ:オペラ『連隊の娘』から「高い身分と豪勢な暮らし・・・フランス万歳!」


素晴らしいコンサートでした。
エヴァ・メイさんが歌うと、広大なホールが小さく感じられます。
凄い声量です。

歌声がとても美しい。
エヴァ・メイさんの正面あたりに座っている方々が、完全に魅了されているの分かります。
アンコールも3回と、実に盛り上がりました。
やっぱりコンサートっていいなぁ。


今回が2010年度読売日本交響楽団の名曲シリーズの年間会員の最終回でした。
1年間座った席は、P6-13。
オーケストラを俯瞰するような席でした。
嵐の夜、いろいろな方向から吹き寄せる突風のような、そんなオーケストラの躍動感を楽しめました。
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by kiirojbl | 2011-03-08 22:23 | Suntory Hall
Suntory Hall Organ Promenade Concert
サントリーホール、お昼のオルガンプロムナードコンサートに行ってきました。

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オルガン奏者 近藤 岳さん
ラフマニノフ(1873~1943)/近藤岳編曲:前奏曲 嬰ハ短調 op. 3-2「鐘」
トゥルヌミール(1870~1939):パラフレーズ・カリヨン
J. アラン(1911~40):ドリア旋法のコラール
ヴィエルヌ(1870~1937):幻想曲集 第3巻 op. 54 から「ウェストミンスターの鐘」

サントリーホールのすぐそばに仕事場がある妻を誘って聴きに行きました。
演奏台がステージ上に引き出されており、演奏が良く見えるように最前列下手側の席にしました。
ステージ上の演奏台は演奏者自身が楽しむポジションである、と思います。

やはりこの巨大なパイプオルガンは素晴らしい。
パイプオルガンは音波を合成するアナログシンセサイザーとも言えるため、楽器の中でもオーディオ装置に近い存在。
今度作るミッドベースホーンの板取り図が仕上がっているので、こういう音になるかな、とあれこれ想いをめぐらせました。
















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細谷信二氏が2月18日に逝去されました。
ご冥福をお祈りいたします。


「JBLのマルチアンプシステムの具体例は4350にある。
15インチウーファー2本に12インチミッドバス、そして中高域用ドライバーとホーン、さらにスーパートゥイーターという組合せだ。
だが、ここではそうした既製システムのユニット構成のコンセプトとは離れ、新しいユニットで構成したい。

まず低域側は15インチダブルウーファーを基本として、これに重心を下げる目的で18インチウーファーを1本加える。

そして、中高域以上の音域をすべてホーン型で構成する。
中高域ユニットは、本来ならばコーン型の12インチ1本か8インチ2本に受持たせるところだが、ここでは250Hzから使うことができるという新しいドライバーユニット2490Hを使う。
これは磁気回路などは2446Jと同じだが、チューニングが低域寄りになっており、これに合うホーンユニット2393は開口が1m角もある巨大なものだ。
これなら中高域を十分に余裕をもって再生できそうだ。

高域用は、同じスナウトレス・ドライバーの2451Hと2353ホーン、それに対して超高域は、高域とのつながりを緊密にする2402Hトゥイーターを使う。
それぞれのクロスオーバーポイントは、下から80Hz、350Hz、2.5kHz、8kHzにとりたい。
基本的にはダブルウーファーをベースにした3ウェイシステムに、スーパーバス、スーパートレブルユニットを加えたものである。

EクロスオーバーにはアキュフェーズのF25を2台使ってもよいが、低域以上の4ウェイをF25で一旦分割し、さらに最低域と低域をJBLの5235で分割する方法をとる。
その接続方法は、ブロックダイアグラムに記したとおりだ。

ここに使うアンプシステムだが、プリアンプは、今回の試聴でも幅広い表現能力を聴かせてくれたマークレビンソンNo.38SLを使う。
パワーアンプはまず最低域用としてマッキントッシュMC500の十分なエネルギー感と制御能力の高さを活かす。
低域用には、駆動力と鮮明度の高さでNo.23.5Lとする。
中高域用と高域用には、しなやかさと弾力性に富んだ音をもつグリフォンのS100を2台そろえることで音色の統一感をもたせる。
最高域用は、独特の透明感をもったゴールドムンドのミメイシス6.5とする。
いずれのパワーアンプもゲインが異なるので、レベル合わせが困難を極めることは覚悟しておかなくてはならない。

極端にユニットの数が多く、しかも巨大なホーンを組み合わせたシステムで自然な定位を得るためには、各ユニットの配置が非常に重要になってくる。
まず、最低域のエンクロージュアは縦置きでも横置きでもよく、壁が頑丈ならば、壁に向けて間接音を聴いてもよいくらいだ。
ダブルウーファーのエンクロージュアは縦置きにして、2本のウーファーが縦並びになる状態で使うのが原則だ。
中高域用と高域用ホーンはできる限り近づけて設置したい。
そのためには2393ホーンは4508Aエンクロージュアの横に配置するくらいでちょうどよいだろう。
その2393の上に2353が縦に並ぶように配置し、2402Hは2353に近づけて設置したい。


サブウーファー   JBL 2245H  ¥188,000(ペア)
エンクロージュア  JBL 4518A  ¥220,000(ペア)
ウーファー     JBL 2226H×2 ¥260,000(ペア)
エンクロージュア  JBL 4508A  ¥232,000(ペア)
中高域用ドライバー JBL 2490H  ¥280,000(ペア)
中高域用ホーン   JBL 2393  ¥512,000(ペア)
高域用ドライバー JBL 2451H  ¥380,000(ペア)
高域用ホーン   JBL 2353  ¥102,000(ペア)
スーパートゥイーター JBL 2402H ¥102,000(ペア)
プリアンプ  マークレビンソンNo.38SL ¥1,100,000
E.クロスオーバー   JBL 5235  ¥150,000
+プラグインボード    51-5138   ¥20,000(ペア)
           アキュフェーズF25  ¥360,000
+ラインアンプユニット LA25×2   ¥100,000(2個)
+フィルターアンプユニット DN25×2 ¥100,000(2個)
+周波数ボード      ¥45,000(3枚)
最高域用パワーアンプ ゴールドムンドMimesis6.5 ¥550,000
高域用パワーアンプ  グリフォン  S100 ¥880,000
中高域用パワーアンプ グリフォン  S100 ¥880,000
低域用パワーアンプ  マークレビンソンNo.23.5L ¥1,380,000
最低域用パワーアンプ マッキントッシュMC500 ¥850,000
システム合計               ¥8,691,000 」

(1994年11月30日発行 別冊ステレオサウンド マルチスピーカーマルチアンプ大研究より)


細谷氏の上記記事はずいぶん読み返しました。
このような記事を書くことができる方がほとんどおらずさびしい限りです。
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by kiirojbl | 2011-02-24 13:24 | Suntory Hall